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長崎地方裁判所 昭和31年(わ)430号 判決 1959年7月11日

被告人 百本順一

大一五・四・二七生 国家公務員

下村静雄

大一五・四・五生 国家公務員

主文

被告人両名は、いずれも無罪。

理由

被告人両名に対する本件公訴事実の主たる訴因は、「被告人両名はいずれも長崎地方貯金局勤務の郵政事務官にして、被告人百本順一は全逓信従業員組合の長崎地区本部書記長、被告人下村静雄は同組合の長崎地区本部情報宣伝部長をしていた者であるが、昭和三一年七月八日施行の参議院議員選挙に際し、全逓信従業員組合(全逓)より推薦され同年六月一二日全国区から立候補した光村甚助、長崎県地方区から立候補した中村重光の両名に当選を得させる目的をもつて、共謀のうえ、右立候補届出前、

第一、昭和三一年五月一六日頃、長崎市榎津町三三番地内外印刷株式会社に依頼して、「祈必勝全国区」、「祈必勝地方区」と各別に記載した縦七六糎、横一七・四糎のポスター各四、〇〇〇枚計八、〇〇〇枚を印刷作成させ、更に、同月一七日頃、同市樺島町五五番地全逓長崎地区本部事務所において、「参議院議員選挙に必勝を期するため、右「祈必勝ポスター」を組合員全員に配布し、その「全国区」下空欄に光村甚助、「地方区」下欄に中村重光の各氏名を記入させ、これを各居宅内の出入り多き場所に掲示して効果をねらうべき」旨を指示記載した「肉筆運動の推進について」と題する文書三〇〇枚位を印刷作成したうえ、その頃、右文書一四七枚位及び前記ポスター五、三八六枚位を全逓長崎地区傘下の長崎県下各支部長もしくは分会長たる長崎市長崎郵便局橋本忠広外一四六名に郵送して、前記両候補者のため選挙運動方を依頼し、

第二、同年同月二八日頃、前記組合事務所において、「参議院選挙にはどんな人をえらぶか」との見出しのもとに、前記光村、中村両候補者の氏名等を掲載して、同候補者の支持方を依頼する旨記載した「全逓かていばん長崎」と題する法定外選挙運動用文書三、八五〇枚位を印刷作成したうえ、その頃、右文書二、四六七枚位を全逓長崎地区傘下の長崎県下各支部長もしくは分会長たる長崎市長崎郵便局橋本忠広外一二五名に郵送して頒布し、

もつて、第一、第二各記載のとおり立候補届出前の選挙運動並びに人事院規則所定の政治的行為をなすと共に第二記載のとおり選挙運動のために法定外文書を頒布したものである。」というのであり、その予備的訴因は、

「被告人両名は、いずれも長崎地方貯金局勤務の郵政事務官にして、被告人百本順一は全逓信従業員組合の長崎地区本部書記長、被告人下村静雄は同組合の長崎地区本部情報宣伝部長をしていた者であるが、昭和三一年七月八日施行の参議院議員選挙に際し、社会党を支持し、これがため、同党公認にして、全逓信従業員組合(全逓)より推薦され同年六月一二日全国区から立候補した光村甚助、長崎県地方区から立候補した中村重光の両名の当選を図らんとして、共謀のうえ、右立候補届出前、

第一、昭和三一年五月一六日頃、長崎市榎津町三三番地内外印刷株式会社に依頼して、「祈必勝全国区」、「祈必勝地方区」と各別に記載した縦七六糎、横一七・四糎のポスター各四、〇〇〇枚計八、〇〇〇枚を印刷作成させ、更に、同月一七日頃、同市樺島町五五番地全逓長崎地区本部事務所において、「参議院議員選挙に必勝を期するため、右「祈必勝ポスター」を組合員全員に配布し、その「全国区」下空欄に光村甚助、「地方区」下欄に中村重光の各氏名を記入させ、これを各居宅内の出入り多き場所に掲示して効果をねらうべき」旨を指示記載した「肉筆運動の推進について」と題する文書三〇〇枚位を印刷作成したうえ、その頃、右文書一四七枚位及び前記ポスター五、三八六枚位を全逓長崎地区傘下の長崎県下各支部長もしくは分会長たる長崎市長崎郵便局橋本忠広外一四六名に郵送して、前記両候補者のため選挙運動方を依頼し、

第二、同年同月二八日頃、前記組合事務所において、「参議院選挙にはどんな人をえらぶか」との見出しのもとに、前記光村、中村両候補者の氏名等を掲載して、自由民主党に反対して社会党を支持し社会党公認たる同候補者のため支持方を依頼する旨記載した「全逓かていばん長崎」と題する法定外選挙運動用文書三、八五〇枚位を印刷作成したうえ、その頃、右文書二、四六七枚位を全逓長崎地区傘下の長崎県下各支部長もしくは分会長たる長崎市長崎郵便局橋本忠広外一二五名に郵送して頒布し、

もつて、第一、第二各記載のとおり立候補届出前選挙運動並びに人事院規則所定の政治的行為をなすと共に第二記載のとおり選挙運動のために法定外文書を頒布したものである。」というのである。

そこで考えてみると、大赦令(昭和二二年法律第二〇号恩赦法第二条及び第三条の規定に基く昭和三一年一二月一九日公布政令第三五五号)第二条によれば、公職選挙法違反の罪にあたる行為が同時に他の罪名に触れるときは赦免しない旨規定されてあり、本件公職選挙法違反の罪にあたる各所為は、同時に国家公務法違反の罪に触れ、両者は一所為数法の関係にあるものとして起訴されていると認められるから、本件公職選挙法違反の各罪が赦免されるか否かは、これと一所為数法の関係にある本件国家公務員法違反の各罪が果して成立するか否かにかかつているわけである。従つて、本件国家公務員法違反の各罪につき、まず、主たる訴因から順次その成否を検討してみよう。

検察官は、主たる訴因における国家公務員法違反の各罪につき、国家国務員が未だ正式に立候補届出をしていない特定人のため、事前に選挙運動をなすことは、国家公務員法第一一〇条第一項第一九号、第一〇二条第一項、人事院規則一四―七第五項第一号、第六項第一三号に該当する旨主張するのであるが、国家公務員法第一〇二条第一項の委任により制定された昭和二四年九月一九日人事院規則一四―七(政治的行為)第五項第一号に規定する「特定の候補者」とは、法令の規定に基く正式の立候補届出又は推薦届出により候補者としての地位を有するにいたつた者をいうと解すべきである(昭和三二年一〇月九日最高裁大法廷判決参照)。ところが、主たる訴因における被告人等の各所為は、未だ立候補届出をしていない特定人を支持する目的でなされたものであるというのであるから、これらは国家公務員法違反の罪を構成しないものといわなければならない。

そこで、次に、予備的訴因における国家公務員法違反の各罪につき判断を進めるに、関係各証拠を総合すれば、右訴因に掲げられている事実中被告人等のなした各所為が社会党を支持し又は自由民主党に反対する目的でなされたものであるとの点を除くその他の事実をすべて認めることができる。前記国家公務員法違反の各罪は、いずれも、「特定の政党その他の政治的団体を支持し又はこれに反対する」ことを直接の目的としてなされることを要件とするいわゆる目的犯であるところ、押収してある「全逓かていばん」と題する書面(証第一七号)には、「保守合同により絶対多数を誇る自由民主党は、数をたのみとして国民の声を全く無視し、民主々義の原理(国民の手による、国民のための、国民の政治)を否定した政治を行つてきました。……今のままでは、憲法に違反する箇所が多いからこれを先づ改悪するため、その手始めとして小選挙区制を設け社会党の進出を封じ、三分の二以上の自民党議席を確保し憲法を変える……を企図しています。」との記載部分があり宛も社会党を支持し又は自由民主党に反対するを目的とするかのように見えるが、関係各証拠を綜合すれば該書面は専ら前記光村、中村の両名を当選させることを目的として印刷されたものであつて両名の当選を願いその宣伝を強調するの余り、言たまたま社会党や自由民主党の批判にふれたにすぎないことが認められるからこれのみをもつて直ちに、社会党を支持し又は自由民主党に反対する目的で本件所為がなされたと断ずることはできないし、他に本件各所為が右の如き政治的目的をもつてなされたものであることを認めるに足る証拠はない。従つて、予備的訴因における被告人等の各所為も、また、国家公務員法違反の罪を構成しない。

そこで、本件公訴事実中、被告人両名に対する国家公務員法違反の各訴因につき、いずれも、刑事訴訟法第三三六条を適用し、無罪の言渡をする。

そして、本件公訴事実中、被告人両名に対する公職選挙法違反の各訴因については、これらと一所為数法の関係にある国家公務員法違反の所為が前記の如くいずれも無罪であるから、前記大赦令第一条によりいずれも赦免されることとなるが、右国家公務員法違反の各所為とはそれぞれ一所為数法の関係にあるから、主文において特に免訴の言渡をしない。

そこで、主文のとおり判決する。

(裁判官 臼杵勉 関口文吉 芦沢正則)

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